【特別対談】「アトム」誕生前夜──手塚るみ子×カサハラテツロー

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月刊ヒーローズ2015年1月号よりスタートし、現在もコミプレで連載中の漫画『アトム ザ・ビギニング』(漫画・カサハラテツロー、監修・手塚眞、コンセプトワークス・ゆうきまさみ)。

「漫画の神様」手塚治虫が生み出した永遠のヒーロー「鉄腕アトム」の誕生までを描く物語としてスタートした本作品は、連載7年目を迎え、手塚治虫の『鉄腕アトム』の世界に最大限のリスペクトを捧げつつ、AI時代ならではの新解釈を加えたアトムの物語として、新たな世界を構築している。

今回は、『アトム ザ・ビギニング』の作者である漫画家・カサハラテツロー先生と、手塚治虫先生のご長女で手塚プロダクション取締役・手塚るみ子氏に、『アトム ザ・ビギニング』の感想や、手塚作品やキャラクターの魅力、家族から見た手塚治虫先生の秘話、そして今後の『アトム ザ・ビギニング』などについて縦横無尽に語っていただいた。

 

取材・文/山科清春

 

アトムもシックスも母性本能をくすぐるんですよね

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▲ カサハラテツロー先生(左)と手塚るみ子氏(右)。

手塚るみ子(以下、手塚):こうやって、じっくりお話するのは初めてですよね。

カサハラテツロー(以下、カサハラ):そうですね。(『アトム ザ・ビギニング』の)監修をお願いしている手塚眞さん(るみ子氏の実兄)とは、連載当初から打ち合わせなどでお話する機会が多いのですが、るみ子さんときちんとお話するのは実は初めてかも知れないですね。

手塚SNSでも時々やりとりをさせていただいていますし、初めてという気はしないですね。

カサハラ:率直なご感想を伺いたいのですが、『アトム ザ・ビギニング』をどう読まれているのか、好きなエピソードやキャラクターはいるのでしょうか?

手塚:「鉄腕アトム」というキャラクターには男女を問わず多くのファンがいますが、本作の「シックス」も女性に愛されるキャラクターだと思います。とはいえ、当初はこの作品は創り手である先生も、編集者も、監修の兄もみんな男性で、掲載も青年誌ということなので、女性には馴染みにくいんじゃないかと思っていたんです。でも、途中から女の子のキャラクターたち、特にユウランが出てきてからは、女性もお話に入って行きやすくなったんじゃないかと思っています。シックスにしても、ロボット=機械であっても、いかにもメカメカしい感じのロボットではなく、オリジナルのアトムと同様に愛らしくて優しいキャラクター作りをされていて、そこも女性読者にとっては入りやすいと感じましたね。

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▲ ユウランことA107。(コミックス6巻より)

カサハラ:確かに男性読者の比率が高い「月刊ヒーローズ」の中にあって、『アトム ザ・ビギニング』は比較的女性のファンが多いと聞いたことがあります。それを実感したのがコミックス第2巻の発売記念にサイン会をした時でした。僕はそれまでメカを描くことが多い作家だったので、男性ファンが多いんだろうなと思っていたら、けっこう女性ファンが来てくれて驚いたんです。「新しいファン層が開拓できたのかも?」と思ったのですが、これはやっぱり手塚作品や手塚キャラクターの持つマジックなんでしょうね(笑)。

手塚:でも、カサハラ先生の漫画って、絵のタッチや色使い、塗り方なんかがとても優しいので女性ファンが多いんだろうなと思っていました。やはり、女性のハートをキャッチするのは「絵」なんだと思います。別の方が作画家だったら、もっと違う印象になっていたんだろうと思います。

カサハラ:ありがとうございます(笑)。

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▲ シックスことA106。(コミックス13巻より)

手塚:それに、シックスって母性本能をくすぐるんですよね。『鉄腕アトム』もそうですが、誕生してすぐの頃は純粋であどけない子どものようで。シックスはアトムに比べると背も高くて子どもの体型ではないのですが、にも関わらず、何もわからず不器用なところとか、少しずつ言葉を覚えて人間社会のことを学んだりしていくところとか、とても可愛らしくて、愛着を感じる。女性ファンは母性本能をくすぐられると思います。冒頭でそういう魅力がきちんと描かれているから、魅力的なキャラクターになったんじゃないでしょうか。逆にシックスが最初から何でも出来るカッコいいヒーローだったら、そういうのに慣れていない人は距離を感じたんじゃないかと思うんです。

 

兄妹で評価が分かれた「ユウラン編」

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▲ 時に攻撃的な姿を見せるユウラン。(コミックス5巻より)

手塚:先ほど「ユウラン」のような女の子のロボットキャラクターが出てきたことで感情移入して読みやすくなったと言いましたが、実はその後、ユウランから心が離れてしまった瞬間があったんです。私の個人的な感想で申し訳ないのですが……

カサハラ:いえいえ。むしろそういう感想を伺えるのなら嬉しいです。

手塚:ユウランって、最初は可愛い女の子キャラだと思っていたら、読んでいくうちにワガママで攻撃的な気質が目立ちはじめて、しだいにエスカレートしてロボットを相手に大暴れするじゃないですか(笑)。『鉄腕アトム』の妹ウランに似た立ち位置のキャラクターだと思って読んでいますから、「あれ、こんな子だったの?」と、すこし引いてしまった。もちろん「ユウラン」は『鉄腕アトム』のウランではないんですが、その「ちょっと違う」ことから違和感を覚えてしまったんです。それが、男性的で強そうなキャラクターだと、そこまで引かなかったと思うんですが、可愛らしい女の子の「ユウラン」が、攻撃的で、思いやりもなく、ロボットを破壊していくのを見たとたん、それが怖くて、少しイヤな感じがしてしまって。私はそこには入り込めなかったんです。もちろん、原作漫画の『鉄腕アトム』でも、ウランは最初はヤンチャでワガママで、「自分もアトム兄ちゃんみたいに戦えるんだ」と過信して、ロボットプロレスに入ったりしてるので、それを踏襲されてのことだとは思うんですが。なんだかすみません(笑)。

カサハラ:むしろそういう感想が伺いたかったんです。というか今、実はとても感動しているんです。

手塚:え、と言いますのは?

カサハラ:実は、お兄様の眞さんは、るみ子さんとは全く正反対で、このユウランのエピソードを「すごくいいね、今までで一番いいよ」と褒めてくれたんです。

手塚:えーっ! 兄妹で意見がまったく違う(笑)。 

カサハラ:シックスとユウランの兄妹の話が、お兄さんと妹さんで感じ方が全く違うというのが、すごく興味深いと思いました。

手塚:兄が良いと思ったポイントがどこなのかは私はわからないですが、確かにユウランが成長するエピソードですよね。大暴れした後、その後、「もう戦うのはイヤだ」という気持ちに変化して、心優しいキャラクターに変化していきますよね。

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▲ コミックス5巻より。

カサハラ:シックスから「そんなことをする子はもう知らないよ」と、ユウランは無視されてしまうんです。そこで初めて、ユウランは「お兄ちゃん」と言葉を発する。それまでずっと音声言語で喋ることがなかったんですが、初めてユウランが言葉で喋る。「お兄ちゃん、ごめんなさい」と。

手塚:シックスがユウランを突き放し、その上で和解するんですよね。そのために、徹底的にユウランを悪い子にした、ということなんですね。

カサハラ:はい。それでシックスとユウランの「兄妹」の絆が結ばれるわけですが、描いている時点では、別の展開を考えていたんです。

手塚:どういう展開でしょう?

カサハラ:実はユウランはその次のロボレスのエピソードで、マルスにバラバラに破壊される展開にするつもりでした。それでユウランはギリギリ人工知能だけが残って、シックスがマルスに「これだけは壊さないで」と懇願する話にする予定だったんです。でも、眞さんが、ユウランを気に入ってくれたので、そこまでしなくていいかということになって。それ以降、ユウランはレギュラーキャラクターになっていきます。

手塚:ユウランは蘭ちゃんと仲良くなって、感情や人間社会のことを学んでいきますよね。ユウランはロボットだから性別はないのかもしれませんが、「女の子型」のロボットとして、シックスとは別の形で成長していく。ユウランが中心となる物語というのはここで一応完結して、あとは妹キャラとしてシックスをアシストする、いわば「ドラミちゃん」的なポジションになりましたよね。

 

「お兄ちゃんってそんなにいいかなあ?」

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手塚:『鉄腕アトム』のアトムとウランとの兄妹関係って、私は手塚治虫と、手塚自身の妹への想いが反映されていると思うんです。父・手塚治虫にとっては、「妹」の存在ってすごく大きかった。父の漫画を読んだり、文献を調べていると、手塚治虫という人は、家族の中でも「母」と「妹」には特別な想いがあったことを感じるんです。母親に対しては「リスペクト」で、妹に対しては、どうしようもなく可愛いという「無償の愛」みたいな感情。でも、私にはアトムに対するウランの気持ちも、シックスに対するユウランの気持ちもよくわからない。「そんなにお兄ちゃんのこと好きかなあ」と(笑)。私と兄(眞氏)との関係は、別に仲が悪いわけではないんですが、ベタベタしたものではなくて、もっと客観的な関係なんです。でも、兄は父に少し近いところがあるのかもしれません。私の下にもう一人妹がいるんですが、兄はその妹をすごく可愛がっていたんですよ。私を通り越して(笑)。

カサハラ:そうだったんですね(笑)。

手塚:だから兄のユウランが好きだという気持ちは、私じゃなくて下の妹に対する気持ちに近いのかもしれません。父が自分の妹に対して抱いていた気持ちをアトムとウランに重ね合わせていたように、兄もシックスとユウランに自分の気持ちを重ねていたのかもしれません。だから、私にはわかりかねたユウランのエピソードも、兄がすごく気に入ったのかも。

カサハラ:そうだったのかもしれませんね。ちなみにお兄様とはライバル的なところもあったんでしょうか。

手塚:兄は全然そのように見てなかったと思います。私にとっては厳格な兄という印象が強くて、アトムとウランのような関係ではなかったですね(笑)。

カサハラ:眞さんはクリエイターとして活躍されていますが、るみ子さんご自身も何かを作ったりされているんでしょうか。

手塚:私はどちらかというと「裏方志向」ですね。広告代理店で働いていたので、制作の裏方として才能がある方と一緒に仕事をしたいというか。その人が才能を発揮してもらえる準備をしたりするのが好きなんです。反対に兄はクリエイターですから、現在は手塚プロの中でもアニメ―ションや映像作品の方に深く関わっていますね。兄は私から見ても、「ものづくり」の才能を父から受け継いでいるように思います。

カサハラ:眞さんにはいつも監修として、ネームをご覧いただいてます。

手塚:監修についても、今はもう手塚治虫本人によるジャッジが出来ないので、兄が父の役目を肩代わりしていまして、手塚プロの中では「眞さんがジャッジするんだったら大丈夫だろう」という感じになってますね。この作品もチェックは兄にまかせて、私は一読者として楽しませてもらっています。

カサハラ:確かに眞さんの監修にはハッとさせられることが多くて、それはご自身もクリエイターだからなのでしょうね。例えばシックスの「ツノ」は当初、もう少し大きめにしていたのですが、「絶対にツノは立てないで、ツノはなくしてください」と言われて。その眞さんの「こだわり」を試行錯誤して短くしていった結果、本当に小さいアンテナになったんです。

手塚:兄がクリエイターだからこそ、細かいところまで監修するところはあるのかもしれません。すごくこだわる人ですし、父とはまた違う、独特なセンスを持っているんだと思います。『ばるぼら』の映画を作った時にも、あんな映画を作れるのは兄しかいないと思いました。他の人が作ったら、もっと違うものになっていた。手塚眞という監督・映像作家は、やっぱり独特な作家だと思いますよ。

 

ピノコは最強の手塚ヒロイン

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カサハラ:手塚先生がご自身の家族をモデルに描いたといわれる漫画『マコとルミとチイ』の中では、眞さんをモデルにしたと思われる「マコ」は、ほとんど『鉄腕アトム』みたいな感じで描かれているんですが、妹の「ルミ」は、ワガママできかん坊な娘として描かれていました。けっこうデフォルメされていると思うのですが、「ルミ」のモデルとして腹が立ったりしなかったですか?(笑)

手塚:わがままで、泣き虫で、きかん坊で、親の言うことを聞かない……これはたぶん、父が幼い頃の私をそういう印象で見ていたということだと思います。それをそのまま「ルミ」というキャラクターとして表現している。漫画ですから別に腹が立つことはなかったですね。それに『ブラック・ジャック』のピノコもけっこうデフォルメされていますよね。可愛い女の子キャラなのに、怒ったりするとすごくコミカルに誇張されて、「アッチョンブリケ」って顔をしたり。

カサハラ:ピノコのキャラクターのモデルも、るみ子さんだという話ですよね。

手塚:父から「ピノコのモデルだ」と言われたことはないので、別に私がモデルだとはっきりしているわけじゃないんですが、私からすると『マコとルミとチイ』のルミも『ブラック・ジャック』のピノコも、けっこう当時の私の特徴を参考にしているんだろうなあとは思っています。『ブラック・ジャック』が始まってピノコが登場する頃というのが、ちょうど私が幼稚園から小学校に上がるくらいの時期だったんですね。目の前にそれくらいの年齢の女の子がいるから、それを投影してピノコを作ったんじゃないかな、と。髪型もピノコみたいなオカッパでしたし、ギャン泣きするのもそうですし。ピノコは幼いながらもおマセさんじゃないですか。恋愛のこととか。そういうところも私にはありましたし、変にワガママで頑固なところとか、そのくせ失敗ばかりして、ブラック・ジャックが仕方ないなあと言いながら世話をするところとか。

カサハラ:ブラック・ジャックは、ピノコが家出した時も必死で探しに行ったりしますし、ピノコが死にかけると、どんなに無理をしてでも治そうとしますよね。

手塚:普段はピノコを邪険にしたり困った子だと思いながらも、ちゃんと傍で見ていて、いざという時にはすごくピノコに対する愛情が現れますよね。ああいうブラック・ジャックとピノコの関係も、私と父との関係性に似ていると思います。

カサハラ:絶対にヒントにはなっていますよね。

手塚:でもピノコの方が、ウランに比べると圧倒的にきかん坊ですよね(笑)。

カサハラ:そうなんですよ。ピノコは破壊の限りを尽くしますし、最初なんかブラック・ジャックを念力で殺そうとしましたからね(笑)。

手塚:そうそう(笑)。でも、たぶんウランのモデルは手塚治虫自身の妹なんですよね。ところが、手塚に本物の「娘」が生まれた時に、「娘というのはこんなにも面倒くさいものか」という新しい発見があったんでしょう。そこから無償の愛を捧げる「妹」ではなく、わがままで面倒くさい「娘」という違うタイプの女の子のキャラクター像=ピノコが生まれてきたんじゃないでしょうか。

カサハラ:すごくわかります。それに『ブラック・ジャック』にピノコがいなかったら、ここまでの作品になっていないんじゃないかと思うんです。手塚先生は『ピノキオ』がお好きで、『鉄腕アトム』以来、ずっと『ピノキオ』をモチーフに様々な作品を描かれていますが、「ピノコ」っていうのは名前からしてもまさにその代表ですよね。手塚漫画の中でもかなり特殊な、全く新しいイメージのヒロイン像だと思います。ピノコ以前の手塚ヒロインもバリエーションの幅は広かったのですが、ピノコという存在は全ヒロインの中でも最強だと思えます。しかも、決めゼリフも多いし。

手塚:よくわからない独特な喋り方をしますが、あれはやはり赤ちゃん言葉的というか、自分の子どもを見て思いついたんでしょうね。

カサハラ:るみ子さんもそんな感じだったんですか?

手塚:さすがに自分が喋っていた言葉は覚えてないですが、子どもの舌っ足らずな喋り方とかが面白くて、キャラクター性に付け加えたりというのはあるんでしょうね。

 

母性──ウランにあってピノコにないもの

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カサハラ:ウランは、未熟さとともに、アトムを超えるAIとか、戦闘力を持っていて、兄を守ったりする。そんなウランに対して、ピノコはとにかく圧倒的に非力なんですよね。最初こそ念力を使えたりしましたけど、ちょっとのことで具合が悪くなってしまうし、大学受験したいと言って、無理矢理受験すると、緊張で身体がおかしくなってしまう。一応、ブラック・ジャックの助手ということになっていますが、多分ブラック・ジャックには本当は助手はいらないと思いますし。

手塚:そうですね。いらないですよね。小さくて、踏み台に乗らないといけませんからね。

カサハラ:でも、ブラック・ジャックはその立場をちゃんと慮ってあげるわけですよね。ピノコ以前にも手塚漫画にはウランをはじめたくさんのヒロインがいましたが、どこかに「母性」のようなものがあるのに対して、ピノコだけ「母性」というものが完全にない。あの圧倒的な未熟さが逆にそれまでないキャラクターになっていると思います。

手塚:父は60年代くらいから、ヒロインたちが男の子と同じくらいたくましく活躍するウランやサファイアを原型とするような少女漫画をたくさん描いてきましたが、確かにピノコみたいな女の子はいなかったですよね。ピノコは完全にブラック・ジャックの「娘」のような感じですね。逆にいうと、ピノコの登場によってブラック・ジャックに「父性」が生まれた。

カサハラ:「父性」! そうなんです。

手塚:それまでブラック・ジャックはクールなダークヒーローみたいなイメージだったのが、ピノコの登場によって、急に「父親」っぽい感情が生まれているんですよね。ピノコがいるのといないのとで『ブラック・ジャック』がこんなにも違うのかと意外でした。

カサハラ:確かに。それまではブラック・ジャックは「青年」のイメージでしたからね。

手塚:そうですよね。自分のことしか考えない人だったのに。あれはたぶん、手塚自身が小さな娘が生まれたことで、「父性」という新しいものの見え方を得たんじゃないでしょうか。もちろん、兄が生まれた時に父親になっているわけですが、たぶん息子ができるのと娘ができるのとは、感覚が違うんじゃないでしょうか。そういう話を父としたことはないのでわからないんですが、男親にとって息子とは、父性というよりも同じ男性としての先輩後輩的な感じなんじゃないかと思うんです。でも、娘が出来て、それまでの母や妹ではない「新しい女性像」を発見したんでしょうね。

カサハラ:ピノコは圧倒的に非力だけど、とはいえ存在感はめちゃくちゃあって物語を回すこともある。だけど、それまでの手塚キャラだったらどこかでスーパーな力を持っていたり誰かを守るために頑張るとか、そういう「お母さん的」なところがあるはずなのに、ピノコにはない。母性というのが描かれない。

手塚:確かに。ピノコが唯一役に立ったのは、内臓が左右逆の患者の手術の時に鏡を持ってきたことくらい(笑)。ピノコが登場してからは、ピノコが何かをして、ブラック・ジャックとサブキャラがそれに引っ掻き回される……といったエピソードが増えましたね。

カサハラ:それもありますよね。ピノコによってストーリーに幅が広がる。

手塚:あとは「崖の上のお家に帰るとピノコが待っている」という終わり方をするエピソード。あれもピノコという存在があってこそですよね。

 

アトムもシックスも母性本能をくすぐるんですよね

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▲ ピンク。(コミックス8巻より)

手塚:『アトム ザ・ビギニング』に新しいキャラクターが出てくるたびに、これのキャラのモデルはなんだろうって考えているんですが、ピノコをモデルにしたキャラも出てくるじゃないですか。

カサハラ:「ピンク」っていうキャラクターですね。名前はピノコから母音をとって、ピンクにしました(笑)。

手塚:最初は味方か敵かわからない、怪しげなキャラクターでしたね。

カサハラ:最初はピノコをモデルにしたキャラを出すつもりはなかったんです。ベトナム編に登場する女性科学者・天才ハッカーのデザインをいろいろ描いて、自分でオーディションみたいなことをするのですが、どうもしっくりこない。

手塚:オーディション!?

カサハラ:はい。何か足りないと思っていたんですが、ふと思いついて、大好きなピノコの要素を加えたら、途端にキャラが動き始めたというか。舌っ足らずなのは、ピンクは酔っ払っていることにして、アオザイを着て、フラフラ歩いて、すごい超天才で。可愛いんだか怖いんだかわからない。そんな感じで生まれたのがピンクなんですね。足りないのはこれだったんだ! って。

手塚:オーディションっていうのは、手塚キャラだけですか?

カサハラ:いえ、手塚キャラ限定ではなく、オリジナルのキャラもですね。

手塚:なるほど。じゃあ、全部のキャラに手塚キャラの元ネタがあるわけじゃかったんですね。元ネタを探していて、時々見つからないことがあるから……(笑)。

カサハラ:そうなんです。ちなみに、「Dr.ロロ」は最初「Dr.サファイア」にしたかったんですが

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▲ Dr.ロロ。(コミックス1巻より)

手塚:確かに。帽子とかリボンとか。『リボンの騎士』のサファイヤですよね。

カサハラ:しかも、性別を偽っている。だから、「Dr.サファイア」にしたいと言ったら、眞さんからNGが出ました。

手塚:まあ、「そのまんま」すぎるということですね(笑)。

カサハラ:「性別を偽っている」というネタバレにもなっちゃいますからね。

手塚:確かに『アトム ザ・ビギニング』は『鉄腕アトム』から独立したオリジナルの作品ですから、あまりそのまんまパロディで出すというのも、作品世界を壊してしまうかもしれないという判断もあったんでしょうね。

カサハラ:もちろんそうだと思います。とはいえ読者的には、元ネタを探すでしょうし。それで結局「Dr.ロロ」と名付けたんですが、これは略して「どろろ」なんですよね。どろろも性別を偽っているし、あとアルファベット「lolo」と書くと「1010」に見えるから、いかにもデジタルっぽくていいんじゃないでしょうか? と説明しました。

手塚:なるほど。そこは気づかなかったです。そっか。2回転3回転のヒネリが入ってるんですね(笑)。マニアックなファンでも難しい。じゃあ、「ブルー」についてはどうでしょう? 私、ブルーのことがわりと好きなんですが、彼のモデルは『鉄腕アトム』に登場する「青騎士」ですか? 

カサハラ:基本的には「青騎士」ですね。

手塚:でも、『鉄腕アトム』の中の青騎士の話と、本作のブルーのキャラクターはそれほど被ってないですよね。

カサハラ:そうですね。まあ、『鉄腕アトム』では、青騎士も「ロボット革命」を目指したりしているので。

手塚:「人間に対して敵対する」という共通点があるんですね。青騎士も目的や主義があって、アトムもそれに同調して人間に反旗を翻す。しかも見た目はすごくイケメンですし、確かに類似点は多いかもしれませんね。

カサハラ:あとブルーには、青騎士だけじゃなくて、80年代のアニメ版『鉄腕アトム』の「アトラス」の要素も入っています。子どもの頃に観た、このアトラスがすごく好きなんですよね。アトラスはアトムと同じ設計図から作られた、褐色の肌のロボットなんですが、アトムとの決定的な違いは「オメガ因子」という悪の回路を持っていて、アトムに出来ない悪いことができるし、人間に服従しなくてもいいんです。アトラスは途中で自己改造して、大人のロボットになるんですが、アトムと同じ子どもの姿のまま戦ってくれてもよかったんじゃないかと思うくらい、すごく好きだったんで。ブルーには、このアトラスも含めて、『鉄腕アトム』に出てきたいくつかの敵キャラのイメージが複合して入っている感じですね。

手塚:他にもイメージを複合して作ったキャラクターはありますか?

 

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▲ マルス。(コミックス4巻より)

カサハラ:「マルス」は『ジェッターマルス』から。『鉄腕アトム』をリニューアルした作品ですよね。

手塚:そうですね。手塚が『アトム』のイメージが強くなりすぎて、意に沿わない方向に行ってしまったから、リセットして、新しいキャラクターとして『ジェッターマルス』を作ったということだったようです。マルスは『鉄腕アトム』本編には出てこないですが、『アトム ザ・ビギニング』にはずいぶん早くから出てますよね。

カサハラ:一つは『ジェッターマルス』の舞台が2015年で、歌詞にも「時は2015年」という言葉が出てくるので、どうしても2015年中に出そうと思ったんです(笑)。最初はもっと子供っぽいデザインだったんですが、将来は敵役にしたいから、カッコよくしたいし、マッチョなのもいいかなと。これもいくつか描いてみて、うちの息子2人に見せたら、満場一致でこのマッチョなマルスがいいと。

手塚:シックスはロボットとしてすごく可愛らしいですから、一方でカッコいいクールなタイプのマルスは対極的で、いい対比ですよね。どちらも女性は好きだと思います。

カサハラ:そのマルスの廉価版というか、量産型が「バルト」なんですが、私の中では、『ジェッターマルス』も「ほぼアトム」とイメージしていたので、そこから派生したロボットは、アトムの兄弟と見なしていいと思って、「コバルト」から「バルト」と名付けました。『鉄腕アトム』に登場する、アトムの弟キャラクターですね。

手塚:「バルト」って「コバルト」から来てるんだ。「バルト」はどこから来てるんだろうと思ってたのと、弟の「コバルト」は出てこないのかなと思っていたんですが、これだったんですね。そういうネタ元を探すのも、読者の楽しみではありますね。

カサハラ:考察してくれたり、年表を作ってくれたり、そういうファンがいるとうれしいですね。

手塚:別冊で「このキャラクターのネタ元はこれだ」とかいう本があると楽しいかも。ちなみにこの12巻の表紙になっている「ミュウ」の元ネタはあるんですか?

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▲ ミュウ。(コミックス12巻書影より)

カサハラ:これは、もともとは「ゼータ」「シータ」「イータ」の3人組のロボットの新型機なのですが、実はもう一回、ピノコのイメージを借りているんですよ。生まれたばかりのロボットだけど、破壊的な感じで、やっぱり4つのリボンがついていて。

手塚:これもピノコだったんだ。けっこう父も女性型ロボットを描いているので、どれだろうと思っていたんですが。

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▲ 左からシータ、イータ、ゼータ。(コミックス14巻書影より)

カサハラ:ピノコが好きすぎて、ピノコアレンジをもっとやりたいということで、あの子もこの子もピノコになってしまってます(笑)。

手塚:この「ノース」も女性型ですよね。

カサハラ:はい、『鉄腕アトム』の「地上最大のロボット」にも手が6本ある「ノース2号」が出てくるんですが、本作の「ノース」はその前の機体で、やはり手が6本付いているキャラクターです。女性型にしたのは、その時点では女性型ロボットが少なかったので、そろそろロボット側のヒロイン出したいなという。この時点では、ノースをシックスと恋に落ちるヒロインとして出そうと思ったんですが……。

手塚:そうだったんですか!? 可愛らしい女性型ロボットではなく、あえて顔のないロボットで。でも、最初はヒロインという感じではなかったですよね。感情が出てきたのは最近じゃないですか?

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▲ ノース。(コミックス2巻より)

カサハラ:そうですね、でもそれはずっとやりたかったんです。シックスが海底に沈んでしまって、このまま壊れてしまうという時に、シックスは「アトム」視点の夢を見る。そして、誰か手を差し伸べてくるのですが、それが実はノースで、シックスは「命」を救われる。

手塚:ノースはところどころで助けに来ますよね。それでも、目立たないし、顔がないから感情も見えない。てっきり、主人の指示で動いているだけだと思ってたんですが、最近、感情を表すようになって。

カサハラ:最初の時点ではシックスが話しかけていても全然応答しなかったんですが、実はその時点でマルスと同様にシックスから影響を受けて、「自我」を持つようになってたんです。

 

手塚漫画の真骨頂―「このわからずや!」

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手塚:この『アトム ザ・ビギニング』では、人間社会でもいろんな出来事が起こりますが、私にとってはロボット同士の心の世界の方がより面白いんです。いろんな意思や目的を持ったロボットたちがシックスと心を交わし合い、心を開いたり閉ざしたりしながら、憎しみや悲しみ、嬉しさ、物悲しさ……シックスに影響を受けたロボットたちのさまざまな問題が解決し、ロボットたちの本当の気持ちが読者に伝わってくる。この作品の一番の読み応えがあるところだと思っています。

カサハラ:『鉄腕アトム』ではアトムが相手のロボットを必死に説得するものの、結局伝わらず「このわからずや!」って戦うことになる話がよくありますよね。この「わからずや!」に至るまでのアトムの心の行程が、実は『鉄腕アトム』の、そして手塚漫画の真骨頂だと思うんです。コミュニケーションを取りたくてもうまく通じない。「言葉」が通じても「心」が通じない。ピノコにしても舌っ足らずで読者にも何を言っているかがわからない。ブラック・ジャックに一生懸命自分の想いを伝えているのに、身体を大きくしてもらえない。ああしたい、こうしたいと思っているのにそれが全然叶えられない。心が通じないと言っては悩み、少し通じたと言っては一喜一憂したりする。手塚漫画で育った人間としては、漫画とはこういうものじゃないかとさえ思うんです。人間って、基本的に他者とは心が通じないと思っていて、よく特撮の戦闘シーンなどで、「俺たちは絶対にあきらめない!」と誰かが言ったら「世界の平和のために!」「必ずおまえを倒してやる!」みたいに、一つのセリフを複数のヒーローが続けて喋ったりしますが、あれは心が一つになっていることを表すカッコいいシーンではあるんですけど、人間の心って他者の心と繋がってないから、やっぱり不自然なんですよね。人間ってそういうものじゃないと思います(笑)。

手塚:確かに不自然ですよね。

カサハラ:ロボットであるシックスも同じで、最初に彼が生まれた時、原始人類の中にホモサピエンスが生まれた時のように、彼だけが「自我」を持っていた。シックスだけが「この世界に『自我』を持ったロボットは自分一人しかいない」という「孤独」を知っているんです。でも、シックスに影響を受けて「自我」を持ったロボットたちは、少なくとも自分以外にシックスがいることを知っているから、本当の意味での孤独はない。ユウランが暴れまわったことに対して、シックスは電子でのコミュニケーションを遮断し、ユウランは音声言語で話しかけるのですが、それは相手に返事してもらえない孤独ではあるんですが、シックスの孤独の感じていたものはそれとは違う。「誰かいないの!?」とずっと探し求めて、マルスと出会って「くだらん」と言われ、シックスは自分以外の誰かを見つけて喜ぶ。だから、この世界で、誰もいない宇宙空間にポーンと放り出されたような、他者のいない孤独を知っているシックスは、闇を心の中に抱えて過ごしてきてきた。だからこそ逆に、みんなシックスのことを好きになっていく。

手塚:みんなを受け入れていくんですね。

カサハラ:そういう意味では、最初は宿敵に設定していた「マルス」は、シックスを孤独から救った、最大の「ヒロイン」になるかもしれない。

手塚:最大の理解者ですよね。

カサハラ:ロボットには性別がないから、マルスはシックスのことが好きなんですよね。

手塚:シックスにとってマルスは、初めて心が通じた相手だから、特別な存在になってるんですね。コミュニケーションって、ぶつけて返ってくるものがあるから、自分が何を考えているかがわかるってこともありますよね。相手がないと、自分自身が何者であるかもわからない。だけど、いろんな「気持ち」を持つ他のロボットが登場することによって、逆にシックスも自分が何者か分かってくる。自分と相手が違うもので、わかりあえることも、わかりあえないこともある、ということがわかってきて、シックス自身も成長していく。

カサハラ:まさにそういう話です。この作品は「AI」の話として紹介される事が多くて、理系っぽい、小難しい話だと思われがちなんですが、同時に理系の人には「そんなのAIじゃない」なんて突っ込まれたりもします。ですが、実のところは「哲学」の話に近いんです。デカルトの「我思う故に我あり」という言葉があるけど、「本当かなあ」と思うんですよね。誰かが自分を思ってくれるから自分があると分かるんじゃないかなと。何もない宇宙空間に何かが生まれたとしても、自分と他者の区別はつかない。それだと「我」は無い気がするんですよね。

手塚:ないでしょうね。

カサハラ:自分を見ている他者の目があって初めて、自分というものが存在するという考えがあるんじゃないかと。それは描きながらよく感じました。

 

手塚治虫が描いたマイノリティ

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カサハラ:『鉄腕アトム』を読んでいると、人間とロボットとの「コミュニケーションの取れなさ」の辛さをとても感じますが、もう一つ、人間社会の中で行われるロボットへの「差別」が描かれているのも感じます。ロボットたちが権利を求めて戦う様子も描かれますよね。お茶の水博士も「人間と同じように自我を持つロボットは、人間と同じ権利を持って当然なんだ」と語るんですが、少年少女向けに、こんなに重いテーマをガツーンと放り込んでくる漫画は、後にも先にもないんじゃないかと。

手塚:今でこそ子どもたちにも理解できるかもしれないけど、『鉄腕アトム』が発表された1950年代に「人権」とか、「ロボットの権利」と言われても。

カサハラ:いまだに大人でも、よくわかっていない人がいるテーマですよね。

手塚:難しい単語がたくさん出てきますが、読んだ子どもたちが大人になった時に「この単語は『鉄腕アトム』で知った」と、本当の意味を知って納得するということがあるようですね。

カサハラ:手塚治虫先生は子どもに知っておいてほしいことを、漫画の中に描かれていたんでしょうね。

手塚:父は子供の頃、多感な時期に戦争を体験して、理不尽な体験をしました。その理不尽に対して、大人は誰も納得できる答えをくれないし、解決もしてくれない。そういった他者との「わかり合えなさ」みたいなことが、その頃の体験を通じて心に刻まれているんだろうなと、『鉄腕アトム』に限らず父の作品を読んでいて思います。アトムという少年ロボットは、大人の社会、人間の社会に対して明確な解答が欲しくて疑問を投げかけるのですが、誰も答えをくれない。「それはそれ、これはこれ」と、なあなあで済ませられたり。人間の偏った欲望や野心のようなものが彼には理解できない。

カサハラ:アトムはロボットであり、子どもでもあるから。

手塚:目的のために作られたロボットたちも、彼ら自身が「自我」を持ったら、「指示されたことが、本当に自分がやりたいことなのか」「なぜこれをやらなければいけないのか」という疑問を持つようになる。理不尽なことに対して明確な解答が出せない社会というものに対して、苛立つし、「何故だ」と声を上げたいけど、それをぶつける先がないから、自分に戻ってくる。

カサハラ:それは多分、手塚先生がずっと体験されていたことなんでしょうね。戦時中は「漫画を描く」ということに対して迫害され、目が悪いということでも理不尽な迫害を受け、戦後は漫画の世界を第一線で駆け抜けて行ったように見えるけれども、先生ご自身は漫画家の権利を向上させるために尽力されていた。漫画家が低く見られているとか、「漫画は有害」だと言われたりとか。理不尽な批判があると、トップを走る手塚先生自身が、あえてわざわざ叩かれるようなものを描いて、そういう言説と戦っていく。それは「後に続く漫画家を引っ張って行かなきゃいけない」というリーダー意識というよりは、世の中の理不尽なことに対してアンテナをお持ちで、それが反応したら、叩かれに行く。手塚先生には、そういう「戦士」みたいなイメージがありますね。

手塚:「戦士」……どうなんでしょうね(笑)。「叩かれに行く」というより、先見性とか、好奇心の強さとか、子どもの頃に持っていた世の中の理不尽に対する疑問の答えが欲しいという思いじゃないかと思います。たとえば世の中に「なぜ性教育の勉強はないのか」とか、「こういう社会の仕組みがあるんだけど、知られていない」といったことを漫画で描いて、結局叩かれてしまうんですが、でも、そうやって叩かれることによって、歴史に刻まれ、それが後世で意義あることに繋がっていったりもしますよね。「理不尽なことに対しておかしいと言う」ということを漫画家として描いていったんだと思います。

あとは、誰もやっていないセンセーショナルなことをやりたいという意図もあったと思うんですが。

カサハラ:センセーショナルだけならもう少し楽な道もありそうですよね。それでも手塚先生は、そこにパイがあるかわからないようなところにわざわざ切り込んで行って、そこに新しい芽を植えていく。だからやっぱり手塚先生からすると、「戦い」に行っている感覚は全然ないんでしょうね。そこにマイノリティ的な存在があると気づいたら、そこに向かって「あなたたち頑張って」と漫画を描く。知られていないマイノリティに「頑張れ」と漫画を描けば、それを良く思わない人たちには叩かれる。今だってそうですよね。

手塚:マイノリティに対するアンテナは確かにすごいんですよね。たぶんそれは、手塚自身がマイノリティ側にいたからじゃないのかな。少年時代はいじめられっ子で。同年代が戦争に行っていたのに、自分は身体が弱くて戦争にもいけない。漫画家になれば、社会的に低く見られたり、有害図書だと言われたり。常に自分はマイノリティ側であるという意識があったんじゃないでしょうか。それに対するコンプレックスというものがあったから、マイノリティに目が向くし、それを引き上げたいという気持ちもあったんでしょうね。

 

『アトム ザ・ビギニング』のこれから

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手塚:『アトム ザ・ビギニング』も佳境に入っていますね。

カサハラ:でも、やはりタイトルになっている「ビギニング」まで行かなきゃいけないですよね。せっかくコミックス1巻で、庵野秀明監督から「この世界にアトムという異端の狂気が混じる瞬間を楽しみにしています。」という帯文をもらったので。

手塚:始まった当初は、当然ゴールはそこだと思っていましたが、「ビギニング」と題しながらも、「アトム」らしき存在が、ところどころに見え隠れしていますよね。それがどこにどうつながり、どう着地するのか。

カサハラ:実は、この展開は『アトム今昔物語』という作品にヒントを得ているんです……。詳しくは言えませんが、『アトム今昔物語』では、若き日のお茶の水博士が未来の世界から来たアトムと出会うことで歴史が変わってしまうという……。

手塚:そのアトムが来た影響で、人間社会の方のいろんな事件に繋がっているという話になるわけですよね。

カサハラ:そうですね。『アトム ザ・ビギニング』では現状のブルー編が一段落したら、その先は、トビオの話になる予定なんです。実は、手塚先生もトビオの話はあんまり描かれてませんよね。アトムのモデルになったトビオって一体どんな子だったんだろう、天馬が溺愛したというトビオはどういう子で、天馬はどういう父親だったんだろう……。だから、トビオをしっかり描いてみようと。

手塚:トビオが人間だった頃はあまり描かれていないですが、確実にアトムとは違うでしょうね。

カサハラ:でもやはりアトムのモデルということだから、アトムと似た部分もあるでしょうし、『アトム ザ・ビギニング』で描いてきた天馬のキャラクター像もあるので、あわせて考えるとちょっといいキャラクターになる気がするんですよね。天馬の子ですから、多分トビオは天才性を受け継いでいるし、人と違う発想力を持っているかもしれないし。

手塚:それはすごく読みたいです。手塚が描いていないからこそ、トビオ君という現代っ子が、物語にどうからんでくるか。そしてアトムとの性格の違い、人間だからこその性格の部分とか。少年ってもっと純粋な狂気に満ちてそうな気もするし……。あとは天馬博士との親子関係ですよね。死んでしまったトビオをロボットとして蘇らせたいなんていう、ちょっと普通じゃ考えられない父親ですよね。どれほど溺愛していたのか。そしてなぜただ蘇らせるだけでなく、過剰な戦闘力を与えたのか。なぜ成長しないと言ってアトムを放り出したのか。あとは天馬の妻、トビオのお母さんはどうしたのか。そこはまだ誰も描いていない分、自由に想像が作れると思いますし、そこはすごく私は読んでみたいですね。それと、シックスたちのロボットの孤独が、どう救われていくのか。救われないのか。今後も一読者として楽しみにしています。

カサハラ:ありがとうございます。

 


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手塚るみ子

プランニングプロデューサー、手塚プロダクション取締役。音楽レーベルMusicRobita主宰や手塚治虫文化祭(キチムシ)実行委員長も務める。父は漫画家の手塚治虫、兄はヴィジュアリスト(映像作家)の手塚眞。

 

カサハラテツロー

1993年、3年の科学(学習研究社・当時)掲載の「メカキッド大作戦」でデビュー。代表作は「RIDEBACK」「ザッドランナー」。メカニカルなロボットの描写に定評がある。2015年より『アトム ザ・ビギニング』を連載中。

 

取材・文/山科清春

ライター・編集・漫画原作者。漫画『ももいろヤングガン!』(ふくしま正保先生)をマンガボックスで連載中(ソニーミュージック「モノコン2019」マンガボックス賞・大賞受賞作)。『今ぞアイヌのこの声を聞け―違星北斗の生涯』連載中。https://ju-rousha.hatenablog.com/

 

『アトム ザ・ビギニング』第15巻好評発売中!

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